長野オリンピック1998年について。。・・・に関する記事
質問
長野オリンピック1998年について。。。。1998年の長野でのウィンターオリンピックについての質問です。はじめに、当時、チケット購入額はいくらでしたか?またどのように購入されましたか?次にオリンピックの企画者(誰なのかは分からないのですが…)の方々が労働安全衛生について何か考えていたのであれば教えていただきたいです。最後に…オリンピックの影響があった社会的なことや、エコや環境についてなにか知っていたら教えてください。よろしくお願いします。
回答
私は、長野オリンピックの競技役員をやっていました。 その関係でチケットの購入はしていませんが、 労働安全衛生に関しては、当然だれかしら監督していたのでしょうね・・・ ですが実際には、早朝から夜まで働かされて、 深夜も除雪などで出勤させられて、 しかもその帰りは 深夜の、全く灯りのない斜面を 月明りだけで、斜面を滑って帰れ・・・・・と言われました。 私を含め、競技役員全員がスキーの指導者資格を持っていますので、深夜の月明りだけでも、転ばずに暗闇の中で大勢で滑ってもケガなく斜面を滑れましたが・・・・・ 大変危険ですし 昼も深夜も働くってのは・・・・ 労働基準法的にどうなんでしょうね??? 違法な部分も実際にはあったように感じます。 社会的な事と言えば、 身近に感じたのは、 いわゆる「オリンピック道路」 が整備された事です。 主なオリンピック道路は、長野市と白馬村を結ぶ 有料道路を含む立派な道路がありますよね? あれです!! 地図で見ると県道になってるかと思います。その北側に 蛇行した 国道がありますが、これは車のすれ違いも、ままならないような狭い道路ですので、この長野市と白馬村を結ぶ道路の整備は 観光的にも大きな意味があるかと思います。別なオリンピック道路は、中野市と志賀高原を結ぶ、有料道路を含む立派な道路です! 信州中野インターチェンジを降りてまもなく有料道路がありますよね? あれです!! その有料道路を降りてからも志賀高原に向かう 高架の 立派な道路が整備されました。 その影響???か、それまでメインストリートに立地していた、街のスーパーとか閉鎖になったりしています。 エコ と言った意味では、志賀高原に新しくオリンピックで使えるコースを新設する計画がありましたが 自然との共存などの、オリンピックのテーマも関係して、断念することになりました。 もし計画どおりに新設されれば、 志賀高原の 岩菅山の斜面にリフトなどを設置して、木を伐採して、新しいコースを造る予定でした。エコでもう一つ!! 実は私たち長野オリンピック競技役員が着ていたグレーの色の役員用ユニフォームは、大会が終了後にすべて回収して、ユニフォームを溶かして、再利用できる生地で作ってありました。 しかしながら、実際には回収はされずに、 みんなの思い出として、格競技役員は個人所有しております。その他、間接的な影響としましては、その後、アジアエリアでは初めての開催となった、「スペシャルオリンピックス」 という、知能障害者の為のオリンピックの招致、開催にも成功するきっかけとなっています。 健常者のオリンピックは、そのまま「オリンピック」 であり、 身体障害者のオリンピックは 「パラリンピック」 であり、 知能障害者のオリンピックが 「スペシャルオリンピクス」 なのです。 つまり日本はこの3つのオリンピックをすべて開催に成功しています。 特に、日本人にはあまり知られていない、「スペシャルオリンピックス」 をアジア圏で初めて招致、開催できたのは、この長野オリンピックの成功があったからだと言えます。ちなみにこういったオリンピックを開催する場合の、ボランティアを使って開催する環境についてですが、 欧米など、ボランティアは充実している国での開催の場合は、 ボランティアは、ユニフォームや食事や給料の支給が全く無い場合がほとんどです。しかしながら、日本での開催は、これがあてはまりません。 この条件では必要な人数が、日本では確保できないのです。それは欧米諸国で発達しているボランティア精神というのが、ここ日本においては、全然浸透していないからです。 日本でボランティアを募集する場合、小額ながらも給与を求められたり、滞在中の食事の用意を求められたり、 ボランティア用のユニフォームの支給を求められたりします。 そういう条件を揃えないと、人が確保できないのが今の日本です。このボランティアの確保には、海外の役員やメディアなども、 「日本はボランティアが募集しずらい国」 というのを認知していると聞いています。失礼しました ひろし
出典:Yahoo!知恵袋
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